ラージャ・ヨーガ その8(最終回)
今回は、いよいよ「ラージャ・ヨーガ」の最終段階。
瞑想が深まり、超意識状態となる、
第8段階目の「サマーディ(三昧)」です。
「三昧(さんまい)」。。。
「買い物ざんまい」「旅行ざんまい」「パチンコざんまい」・・・などなど
何かに夢中になっている状態を表す言葉として、
日常の中でも時々使われますよね。
この場合は、肉体や感覚器官を喜ばしている
「楽しー!!」という状態ですが、
ヨーガで言う「さんまい」は、
もっと奥の方から湧き上がってくる「至福感」に包まれるような状態を表します。
ヨーガ・スートラには、
「サマーディ(三昧)」のことが以下のように記されています。
「その瞑想の対象に対する意識だけとなり、心素自体の意識が無くなっている時のディヤーナ(静慮)が、サマーディ(三昧)である。」
ヨーガ・スートラ第3章−3
(訳)
「その瞑想の対象に対する意識だけとなり、自我の意識がなくなっている時の瞑想状態が、サマーディ(三昧)である。」
瞑想のはじめには「自分、意識、対象」と3つに分かれていたものが、
ディヤーナ(静慮)の力が強くなることで1つになり、
瞑想しようとしている自我意識が無くなり、
瞑想の対象そのものになった状態が「サマーディ(三昧)」と呼ばれます。
ヨーガの瞑想では、集中する練習のため、様々なものを対象としていきますが、
最終的には、絶対者ブラフマン(宇宙の意識そのもの)を瞑想の対象とし、
「自分(アートマン)と世界の本質(ブラフマン)は1つである。」
という聖典の教えを身体感覚で深く悟っていくのが瞑想の最終段階になります。
私たちは普段、「自分」と「その他の世界」とを区切っていますが、
「実はどれも1つの根源から現れている。」
という理解が意識の深いところから湧いきて、
それにより囚われがなくなり、なんとも言えない「至福感」に包まれる。
その状態が「三昧(サマーディ)」であり、
ラージャ・ヨーガ修行の到達点です。
「宇宙との一体感」
仏教では「空」「無」といわれているもの。
囚われがなくなり、「ただ自然になる。」
そんな状態だそうです。
まとめると、、、
「ラージャ・ヨーガ」とは、
禁戒勧戒(ヤーマ・ニヤーマ)に始り、
アーサナ・呼吸法・瞑想と、八段階ある修行法を行っていくことで、
身を浄化し、心を浄化し、真理を悟り、
肉体、精神、魂といった3つの次元すべてを向上させていく
伝統ある修行法です。
私たちがいつも行っているヨーガ療法は、
このラージャ・ヨーガが元になっています。
日々のヨーガで、
内なる「神性」を顕していきたいですね。

8回に渡り「ラージャ・ヨーガ」の解説をさせていただきましたが、
最後までお読み下さりありがとうございました。