ラージャ・ヨーガ その7


「ラージャ・ヨーガ」とは、
ヨーガ・スートラ(聖典)に記されている
八支即(アシュ・タンガ)に沿って修行を積み、
三昧の境地へ向かっていく。という伝統的修行法ですが、


今回は、ダーラナ(集中、凝念)に続き、
第7段階目の「ディヤーナ(静慮、禅那)」です。


「その対象物に対する想念が、一つの不断の流れとなっているのがディヤーナ(静慮、禅那)である。」ヨーガ・スートラ3章−2

(訳)
「心(想い)が、眉間、胸の奥、というような、ある特定の箇所(対象物)に集中しようと努力し、そして心がその箇所(対象物)を通してのみ感覚を受け、他の箇所からは受けないようになっている状態が「ダーラナ(集中、凝念)」であり、
そして、心(想い)が自らを、しばらくの間「ダーラナ(集中、凝念)」の状態に保つことに成功したとき、それがディヤーナ(静慮、禅那)とよばれる。」


よけい難しくなってしまった感じですが…

要するに、
瞑想の時、これを見続けようと決めたものだけに集中でき、
その状態が続くことをディヤーナと言います。



スワミ・ヴィヴェーカナンダ大師
「ラージャ・ヨーガ」より一部抜粋

(下の写真の本です。)
 
人間が生きる目的とは、内なる神性を顕していくことである。

それは、外界における経験と、
内界(心などの内面の世界)における経験とを
制御することで達成できる。

つまり、外界の経験はプラティヤーハーラで感覚器官の働きを制御し、
内界の経験(過去の記憶や未来への思い)はダーラナとディヤーナで制御する。

心が内外のある場所に集中し続けるよう訓練されると、
その一点に向かって不断の流れとして流れ続ける力がつく。

この状態がディヤーナと呼ばれるものである。

ディヤーナの力が非常に強くなって、外界からの知覚情報をしりぞけ、
内界に存在するものの意味だけを瞑想し続けられるようになる。

その状態が「サマーディ(三昧)」である。

この瞑想状態は、人間存在の最高の状態である。
その時はじめて魂は永遠に解放されるのだ。




全てのこだわりから自由になり、
自分の中にある「神性」を顕していくことが、
ヨーガのゴール。

神性とは何でしょうか。

神性とは、
永遠に変わることのない自分の本質です。

本当の自分。
ヨーガでは、真我(アートマン)といいます。


私たちには、たくさんのこだわり、煩悩があるせいで、
本質ではない、有限のもの、移り変わっていく世界の中で、
快楽を求め、そして、苦しみます。

常に移り変わる「肉体」と「心」は、本質ではありません。

外界からの刺激に喜んだり悲しんだりする
「肉体」や「心」に毎日忙しくしていては、
神性を顕すことはできないままです。

ですから、揺れ動く心の波を静め、
内なる神性へ一直線に進めるよう瞑想の練習をします。


真の幸福は、
自分の中に、もうすでにあるといいます。

そこへ少しずつでも近づいていきたいですね。



ラージャ・ヨーガ



次回は、いよいよ最終段階!
瞑想が深まり、超意識状態となる「サマーディ(三昧)」です。


つづく





プロフィール

小荒井伸子

Author:小荒井伸子

日本ヨーガ療法学会認定ヨーガ療法士
日本ヨーガ療法学会会員

インド中央政府公認ヨーガインストラクター
インド中央政府公認ヨーガセラピスト

日本森林ヨーガセラピー普及協会認定ヨーガインストラクター

アロマテラピー検定1級


青梅市を中心に、ヨーガサークル・
コナミスポーツ・自立支援センター等にて
「こころ」と「からだ」を健康にするヨーガ教室を開催しています。
    
東京都青梅市在住

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